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仙台高等裁判所 昭和33年(ラ)93号 決定

抗告人 横森繁

相手方 熊谷徳左エ門

主文

原決定を取消す。

本件を盛岡家庭裁判所に差戻す。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は末尾記載のとおりである。

本件記録及び原審判書によると、抗告人は原審盛岡家庭裁判所に対し、被相続人熊谷金次郎の遺産につき分割の請求をし、その実情として陳述する要旨は、「被相続人熊谷金次郎は昭和三〇年一月一八日死亡し、その妻熊谷ヨソは、原決定第二目録記載の他の共同相続人とともに被相続人の遺産である原決定第一目録記載の不動産を相続したが、昭和三一年八月九日自らも死亡した。抗告人は昭和三〇年一月二〇日右ヨソから同人の相続分を無償で贈与を受け、相手方に対し同年春ころ口頭で遺産分割の請求をしたが、相手方は遺産はないと答え、分割に応じないばかりでなく、同年六月一三日原決定第一目録記載の不動産につき、盛岡地方法務局受付第四、四一〇号をもつて遺産相続による所有権取得の登記を経由した。しかし、右登記当時共同相続人間において遺産分割の協議をした事実なく、相手方はヨソが遺産分割の協議に参加したと称し、同協議書を偽造して登記を経由したのである。」というのであるところ、原審は、「共同相続人間において遺産分割につき協議が成立すれば、家庭裁判所は当事者の意思表示に代る審判をすることは許されず、右協議によつて形成された権利関係に関する紛争は民事訴訟に属することは明らかである。これと同様に共同相続人間において遺産分割に関する協議が成立したとし、かつこれを証するに足る書面が作成され、特にその書面に基き不動産につき所有権移転登記がなされたりなどして、形式上一応その協議が有効なものとして取扱われているような場合に、その協議の存在ないし効力につき争があるときにも通常の民事訴訟手続に従い、利害関係人をして充分に攻撃防禦をつくさせたうえで、権利義務の存否を確定すべきであつて、これを家事審判の対象とすることができないと解するのが相当である。すなわち上記のような場合にあつては、まず民事訴訟手続によつて遺産分割請求権の存否及び所有権移転登記の抹消などについて確定判決を得たうえで、改めて民法及び家事審判法の定めるところにしたがつて分割の手続をとるべきである。ところで、本件申立はこれを要するに、共同相続人間で相続財産分割についての協議がされたとし、協議が成立した旨の書面が作成され、しかもこれが一応有効なものとして扱われ、相続財産全部につき相手方名義の所有権移転登記がなされているが、その基礎となる協議に申立人に相続分を贈与した件外熊谷ヨソが参加していないため、その協議は無効であるというに帰するから、これが是非を確定することは当裁判所の権限外に属するというほかはない。と判断して抗告人の申立を却下したことが明らかである。

原審は、本件抗告人の申立は、相続人熊谷ヨソが分割協議に参加していないため無効であるというに帰するから、民事訴訟の対象であつて審判の対象とはならないというのである。なるほど、分割協議の成否ないしは無効原因の存否に関する争は、民事訴訟によりはじめて終局的に確定し得べき事項であつて、審判によつては確定することができないから、この意味で民事訴訟の対象であつて審判の対象とならないということができよう。

しかし、分割協議の成否ないし無効原因の存否につき争がある場合でも、その申立による本案的審判の対象は遺産の分割請求であつて、家庭裁判所が本案的審判をするに際し、先決問題である右の争につき判断することができるかどうかの問題にとどまり、申立事項が民事訴訟の対象であるとはいえないから、この意味で本件申立は審判事項であつて民事訴訟に属しないというべきである。

かように、審判の先決問題につき争がある場合、家庭裁判所はその判断が民事訴訟の対象となる事項に及ぶことのゆえをもつて、審判申立を却下することができるであろうか、甚だ疑なしとしない。

当裁判所は、争のある先決問題が民事訴訟の対象である場合でも該問題につき確定判決がない限り、家庭裁判所はその独自の立場から先決問題につき調査・判断すべきであると考える。その理由は次のとおりである。

(一)  遺産分割の処分などの家事審判法第九条一項乙類に掲げる事項は、いわゆる紛争事件であつて、これら審判の先決問題についても当事者間に争があることが予想されるのに、家庭裁判所の判断の限界を制限するなんらの規定がないこと(かえつて、民法七六八条三項、八七九条などの規定は、民事訴訟事項に対する家庭裁判所の審理、判断を予想しているものと解される。)

(二)  先決問題につき争があるが、その程度が軽微が軽微であるとか、または相続財産が少いなどのために、当事者が自ら進んで民事訴訟を提起する意欲がない場合があること

(三)  家事審判は、個人の尊厳と両性の本質的平等を基本とし、家庭の平和と健全な親族共同生活の維持を図ることを目的とし、家族の生活関係に関する事項につき、干渉または後見的に行われるものであり、事案の性質上民事訴訟に親しまないとの見地から職権主義基本とし、合目的的裁量的処分により迅速・公平に処理される点に民事訴訟と異なる特色があり、民事訴訟と並んで紛争解決の制度的意義を有するのに、もし、先決問題が民事訴訟の対象であることのために審判できないと解するときは、この種事件については制度の趣旨が没却されること

(四)  以上のように解しないと右(二)のような案件については解決できないこと

もつとも、家庭裁判所が前記のような先決問題につき判断しても、既判力を有しないから後の裁判によつて判断をくつがえされることがないとはいえないのであり、遺産を分割する本案的審判をした後判断をくつがえされると、法律関係は複雑になるから、現に先決問題につき民事訴訟が提起され、または当然訴訟が提起されることを予想されるような案件については、家庭裁判所は本案的審判をするかどうか、慎重に考慮して決すべきではあるが、このような問題はあくまで運用上の問題にとどまり、家庭裁判所が民事訴訟の対訟の対象となる先決問題につき判断することができないとの論拠となるものではない。

原審は、遺産分割協議の無効を確定することは、当裁判所の権限に属しないとし、抗告人の申立を不適法として却下したが、右は抗告人の申立の趣旨を正解しないか、または家庭裁判所の権限を誤解したものというほかはない。抗告人は、原審に対し遺産分割の審判の申立をしたものであつて、遺産分割の協議の無効確定を求めたものではない。ただ右申立を正当づけるために、右分割協議がその主張のような理由で無効であると主張しただけのことである。そして家庭裁判所は右分割協議の有効・無効を調査・審理・判断する権限を有するのであるから、原審はよろしく右分割協議の有効無効について審理し、もし有効と判断するときは本件申立を不適法として却下すべく、もし無効と判断するときは改めて分割の審判をすべきである。

以上の次第で、本件申立を却下した原審判は失当であるからこれを取消し、家事審判法第一九条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 斎藤規矩三 鳥羽久五郎 羽染徳次)

抗告の趣旨

原決定を取消す。さらに現物分割ができないときは、その換価金の八分の一を引渡さなければならない旨の裁判を求める。

抗告の理由

原審の決定書を熟覧したが、実質は兎に角形式上共同相続人間の協議が成立したと称して「協議書」ができ登記して一応分割が有効なような取扱を受けている事案であるから、民事訴訟において右協議書及び登記を抹消し、請求権存在確定の上提出すべき旨……またその基礎たる協議書に件外熊谷ヨソが参加しないため云々と記載されてある。右につき抗告する。

(一) まず、この分割協議ができないことが何であつたか、右ヨソはその居所もわかつておつたから、協議を受くるときは何時でも参加できたはずである。それで相手方がどうして参加させなかつたかといえば、家督を相続するのは自分で右ヨソは後妻で何の文句を言う資格も権限もないと横暴にも全相続財産を占領してヨソには少しばかりの金円を贈与して追払わんと計画し、もとより分割の協議をしたこともないのである。相手方は司法書士に依頼して法定書式の仮装の分割協議書を作成し、ヨソの署名押印を偽造し、これにもとづき所有権移転登記を経由したのである。

すなわち、相手方は被相続人死亡と同時に相続財産を独占して、形式上第三者対抗要件たる登記を経由する手段として分割協議書を作成したに過ぎないのであり、相手方は他の相続人の分割申出に対しこれを受付けないため分割の協議ができなかつたから、抗告人は本件分割の請求をするに至つたのである。

(二) 原審は家庭裁判所の権限外の事案であると判断したが、民法第九〇七条第二項、裁判所法第三一条の三第二項の規定により民事裁判事件ではないと信ずる。

原審のいうがごとく、分割協議書を添付して登記を経由すれば、分割協議の有無を問わず、一応有効な分割が確定して。家庭裁判所に権限がなくなるという理由はない。

抗告人がいうなれば、相手方の相続財産独占の事実は犯罪に該当し公序良俗に反するものであり、当然無効の取扱を受くべきものであつて、形式上登記が整つているからとてこれに拘束さるべき理由は少しもない。

また、分割の協議ができているかどうかについては、詳細に審査すべきであろうに、原審は抗告人の申請書を一覧しただけで、分割の形式が一応できているから権限外の事件として申立を却下した。これでは事件の中心を捕えないものであり、家庭裁判所は争のある難渋な事件は常に権限外の事件として受理しないこととなる。本件のような事件の審判は簡単ではないが前記法条に照して家庭裁判所の権限に属するものと信ずる。

(三) 原審は、分割協議書の偽造であるかどうかを確定する必要があるというのであるが、はたしてその必要があるであろうか、本件は前記のとおり、相続財産は全部相手方に帰属するとの考えで、相続財産を占領し、その第二段工作の一端として、登記を経由するため、事務的・形式的に仮装の分割協議書を作成したものであり、実質的な分割協議は成立しなかつたのであるから無価値のものである。

抗告人は分割協議書の有効または無効であることの確認を求める必要なく、右書面を論議する必要があつて本件申請をしたのではない。

(四) 相続財産の分割の協議がないのに、抗告人が手も足も出せないというのであつては、法の保護は薄弱である。抗告人は共有物確定並びに物件使用料の給付を求める訴を盛岡簡易裁判所に提起したので、分割協議書が無価値であることが訴訟上きまるであらう。穏当な手段方法で相続財産を分割することは望ましいことであるが、相手方が悪らつな手段で相続財産を奪い、わずかな金銭で分割協議書を偽造したことを葬らんとしていることは黙視できない。

憲法第二九条の旨趣において、彼は侵すべからざるを侵し、公共の福祉に反し、また民法上信義誠実の原則に反する前記行為をしているから、抗告人は憲法第三二条の旨趣によつて裁判を受ける権利を有するものと信じて本件申立をしたのである。ところが原審は一・二回の調査で真相を得ないまま本件申立を却下したので抗告する。

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